琴櫻傑将(ことざくら まさかつ)

「猛牛」なんてあだながありましたけど、気のやさしいというか、気の小さいというか、持っているムードと人柄とにずれのあった人です。横綱になるなんて、とても思えなかったのに、最終的には昇進してしまいました。ま、「努力が実った」ということでしょう・・・

この人の相撲で最も印象深いのは、立合の当りです。こんなにぶちかましが強かった人もいないでしょうね。おもしろいのは、いつだったか土俵上の仕切り線の間隔を10cm広げた時がありましたが、感想を求められて「もっともっと広げて欲しい」なんて言っていた事です。その方が思い切って当たれるという事なのですが、このあたりに激しい相撲をとった人の考え方が出ていますね。

さて、琴櫻にはどうしても勝てない人がいました。ひとりは大鵬(ま、当然ですけどね)、もうひとりは海乃山でした。その理由がまたこの人らしいのです。

大鵬は、一門の先輩力士で稽古をつけてもらった人です。そのせいか大鵬と対戦すると、すっかり気持ちが萎縮してしまっているのが良くわかりました。もし待ったなんかしたら、ひらあやまり、という感じでした。これでは相撲を取っても勝てるわけありませんよね。自分はもう大関なのだから、遠慮する事なんかないと思うんですけどね。

もうひとりの海乃山は十分に理由がありました。海乃山の得意わざは蹴手繰りです。この立合一瞬の妙技に何度も引っ掛かってしまった琴櫻は、ついに海乃山が大嫌いになってしまいました。何せ、立合に勢い良く出ると蹴手繰りが出る。見て立つと一気に突っ込んで来る、というわけで本当にやりにくそうでした。あれほどまでに苦手にしなくても、と思ったものでした。最近では大の国と板井がそうでしたね。あんな感じなのです。琴櫻が横綱になったのは、この二人と対戦しなくてもよくなってからでした。

あまり大関在位が長かったので「ウバザクラ」なんていわれていました。この人が突然強くなった、というかいい成績をあげるようになったのには、神風との雑誌対談が原因かもしれませんね。この時神風は一門の力士ということで随分親身になって対談していました。最後には「関脇だった自分が大関力士にこんな事を言って失礼かもしれない」と言っていました。でも琴櫻は神風にいわれた事がきっかけとなって、その後14勝1敗を2場所連続し、立派な成績で横綱に昇進しました。あんまりないんですよね、こういう成績での横綱昇進というのは。で、昇進してから、キャリアもあるしどんな活躍をするのかと思っていたら全然そんな事がなくて、桜のようにあっという間に散ってしまったのは残念でした。ま、高齢での昇進だったので、やむを得ないかとも思いますがね。それでもチャンと横綱で優勝しています。

名古屋場所(?)で北の富士との決定戦に勝って優勝したのが確か横綱での唯一の優勝だと思います。このとき確か千秋楽で琴櫻に勝って追い付いた北の富士が、勇んで決定戦にのぞんだのでしたっけ。ところがはやりすぎたのか琴櫻より随分前に入場してしまったのです。このとき解説していた人が(誰だったか忘れてしまったのが残念)「北の富士ははやりすぎですね。これはひょッとしたら琴櫻が勝つかもしれない」と言っていたのが印象的ですね。結局そのとおりになって琴櫻の優勝が決まったわけです。

優勝のほとんどが大関時代というのは横綱としてはちょっとさびしい気もしますね。でも高齢で横綱になったわけですし、横綱としての優勝もしているので、あまり文句は言えないですね。

そうでした、この人はまだ若手の時に足をけがして幕下まで陥落していたはずです。そういう人が、けがを克服して横綱にまでなったというのはほかに例がない筈です。

引退後は、白玉部屋をおこすべく準備をしていましたが、佐渡ヶ嶽親方とトラブルがあって、大変だった事がありました。たしか親方が独立をなかなか認めなかったのです。横綱になった力士というのは、引退後部屋をおこす事を前提に内弟子を取る事を認められる場合が多いのですが、琴櫻の場合はそれすら認められず内弟子第一号も、親方に発見されて取りあげられてしまったのです。それでやむなく誰もいない時に近くの公園で稽古をつけたりしていたのだそうです(これが後の琴風なのです。そういえば足をけがして陥落したのも良く似てる)。引退の時ももめましたっけ。

でも最終的に独立が認められて、白玉部屋の建築にかかり始めると今度は親方が急死してしまいました。今度は部屋の継承問題でひともめです。最終的には琴櫻が佐渡ヶ嶽を襲名する事で決着が付いたのですが、こんなもめごとはひとのいい琴櫻にはかなりこたえただろうなと思います。

親方になってからの琴櫻は部屋の力士にすべて「琴」のつく四股名をつけました。これは随分話題になりました。「わかりやすい」というひと、「芸がない」というひと、いろいろありました。でも結局はこれに習う部屋が増えて来ているのを見ると、案外この人は先見の明があったのかもしれないですね。


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