三重ノ海剛司(みえのうみ つよし)

出羽海部屋が生んだ久しぶりの横綱でした。しかしそこまでの道のりは平坦ではありませんでした。まず入門からしてがそうでした。最初に部屋にいった時は断られ、一年ほど力仕事をしてから再度部屋を訪れてようやく入門できたと言います。

始めの内は目立たない新弟子だったようでした。取り口も四つ相撲で、これもあまり目立つとはいえなかった原因でしょう。

三重ノ海にはニックネームがありました。「安藝ノ海二世」というものでした。これは相撲ぶりから来ています。一本差して、絞りながら体を回して行く取り口があの安藝ノ海にそっくりで、違いとしてはスピードと回転の方向だ、というものでした。そういえば三重ノ海はスピードの目立つ人ではありませんでしたね。

入幕しても、あまり目立たない力士でした。本人が地味な人だった事もありますが、最大の原因は四つ相撲だった事でしょう。四つ相撲はあまり派手な動きがないので、突っ張る人や押す人、それに投げ技の見事な人に比べるとどうしても損をしますね。それでも三重ノ海は自分の相撲を絶対変えませんでした。それと闘志が表面に出る事のない人でした。ですからおとなしい人と思いがちなのですが、実は火のような闘志を内に秘めていたのです。それを思ったのは、こんなことがあったからです。ある場所で,黒姫山との激しい相撲で三重ノ海は眉の辺りを切って出血してしまいました。私がびっくりしたのはその翌日の相撲でした。金剛との一番で三重ノ海は前日出血した方の顔からガツンとあたっていったのです。まだ傷口がふさがっているわけはないと思うのですが、そんな事はおかまいなしで相撲をとったわけですね。ここらあたりに三重ノ海という人の性格・考え方が良く出ていると思います。場所後の雑誌の座談会に金剛が出席した時にこの事にふれて「怪我した方からは当たって来ないと思っていたので、本当にびっくりした」と言っていました。

この人で残念なのは肝炎のために体調を崩してしまった事です。そのために大関への昇進を棒にふってしまいました。肝炎がでた時の場所は(名古屋だったかな?)勝ち星が上がっていて、これなら大関近し、と見えたのですが途中休場という事になってしまいました。たしか休場直前の相撲では、取り組みが終ったあと土俵に座り込んでしまって、なかなか立ち上がれなかったと思います。

その後、復調した三重ノ海はやっと大関に昇進しました。これであとは横綱へまっしぐらかとおもったら、そうはいかず大関陥落という事になってしまいました。ここは関脇で見事に10勝を上げて復活しました。この、一場所で復活というのはめずらしい事で、私は三重ノ海以外には知りません。それほど難しい事なのですが、それをなしとげた後、また低迷してしまいました。ほとんどいるだけの大関となってしまい、あとは引退するだけ、という感じに見えました。ところがここから三重ノ海は復活します。

突如、というか何というのか急に寄り相撲に冴えを見せるようになったのです。立合ガンと当って左を差して潜り、寄って行く相撲に出足が付き、手順良く勝ち星を上げて行くようになりました。素晴らしいと思ったのは土俵際での三重ノ海の姿勢です。相手を寄り切った後の体勢が、前に圧力をかけていながらドッシリと腰をおろしていて、押しても引いてもビクともしない感じなのです。三重ノ海が若い頃から取っていた相撲がここでやっと完成した、といえますね。この相撲をとるようになって、三重ノ海は横綱へと昇進しました。

昇進してからの三重ノ海は、在位期間としては短いのですが、十分に存在感のある横綱として相撲をとりました。連覇もしていますし、責任を果したといえましょう。とくに横綱土俵入りは見事なもので、最近では一番よかったように思います。この三重ノ海と同じ型を曙が学んでいるようなので(出羽海親方が曙に入れ込んでいますね)出羽海部屋の横綱土俵入りの型が高砂系の曙に伝わるという、おもしろい事になっていますね。ま、横綱というのは相撲界全体の頂点に立つものなので、あまり特定の部屋だのという事にこだわるのは或は良くない事かもしれませんね。そんな観点から言うと、相撲界に新しい動きが見えて来た、と言えなくもないですね。

で、三重ノ海です。時には激しい相撲もとりましたが、磨きぬいた芸のある相撲という感じで、派手さはないのですが立派な相撲を見せてくれました。また何度も不調に見舞われながらもそれをはねかえし終に最高位に到達したという精神面に打たれますね。出羽海親方もそう思ったらしく、引退後三重ノ海が部屋を持つ事をゆるしました。これは「引退後は独立せず、部屋に協力する」という出羽海部屋のこれまでのやり方を親方自らが破った画期的な事でした。しかも武蔵川という、出羽海一門では重い存在の年寄名跡を名乗らせていますね。この辺の師弟関係というのは、なかなかいいですね。

親方としては、武蔵丸という横綱の可能性のある力士を育てていますね。でも武蔵丸のなんとなく煮え切らない様子というのは、三重ノ海の若い頃に似ているような気もします。このままで終ってしまうのか、それとも変身するのか、興味のあるところですね。


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