若羽黒朋明(わかはぐろ ともあき)

「ブルドーザー」と言われた押しで大関になった力士です。そして華やかな全盛時代と、それとはあまりにも対照的な晩年とでも印象に残る力士でした。

若羽黒が活躍していた頃の立浪部屋は四天王と言われる力士がいました。若羽黒、安念山(二代目羽黒山)、北の洋、時津山の四人です。この四人が競っていたのですから、当時の立浪部屋は華やかな存在でした。何しろ四人全員が上位で活躍し、大関に昇ろうという状況だったのですからね。そしてその四人の中で、ただ一人大関に昇ったのがこの若羽黒だったのです。

相撲は押しただ一つでした。それも重量のある体を生かした、はずにかかっての押しだったので、安定した力を発揮していました。押しにもいろいろなタイプがあるのですが、若羽黒みたいに立合一気に攻め込まずに、下から下から少しずつ押して行くタイプというのは成績が安定するため大関まで昇進する事がよくあります。ま、押し相撲なのでなかなか横綱というわけにはいかないんですけどね・・・

若羽黒は華やかなムードのあった人でした。明るい、現代性を感じさせる人でした。それが反面、稽古嫌いとかムラが多いとか言われる事になったわけです。批判が多い分、この人には可能性があり、何とかそれを発揮させたいという願いでもあったわけです。

この人の頂点は優勝した場所ですね。大関になって優勝した訳ですから、さあ次は、という期待がありましたね。これは同時に部屋内でのライバル争いでもトップに立った事でもあります。当面のライバル安念山は既に小結で優勝していました。すぐにも大関と思われていた安念山がモタモタしているうちに若羽黒が大関になり、更に優勝した訳ですから、この時点で若羽黒が部屋のトップとなったわけです。定かではないのですが、このころは次の立浪親方は若羽黒という声もあったはずです。というのは、立浪親方(元横綱羽黒山ですけど)の婿に入るのでは、という可能性もあったわけです。立浪親方の娘さんというのは、両国小町と評判の美人で、若羽黒・安念山と丁度いい年齢差だったのです。ですからこの二人はそういった面でもライバルだったわけです。そうそう、この優勝の時はあのヒゲの伊之助の定年の時かで、記念撮影の時にも写っていましたっけ。行司さんが写っているのは、たしかこの一回だけだったと記憶しています。

すぐにも横綱と思われていた若羽黒は、これ以後しばらく大関として活躍しましたが、批判されていた稽古嫌いがたたったのか次第に下り坂をたどります。しかしただでは消えて行かないのがこの人です。「柏鵬の反逆児」と自称しながら、大鵬・柏戸の新時代のスターを度々痛い目にあわせています。この辺なんですよね。スターを倒していい気持ちになっていないで、自分がスターになればいいのにと思うんですがねぇ。それだけのものは持っていたんですから・・・

平幕に腰を落ち付けるようになると、もう挽回はできませんでした。両国小町争いも、安念山に負けてしまいました。なにしろ安念山は羽黒山を名乗ったのですから、もうこの敗北は明白です。だんだん部屋にいずらくなって、最後は廃業してしまいました。大関まで昇進した人が廃業するというのはこの当時は極めて異例の事で、この点からも若羽黒の孤立ぶりはわかります。

権威に反抗する若羽黒でしたが、部屋の若い力士にとってはいい兄貴だったようです。若い力士を集めて歌を歌わせたり、店にくり込んだり、付いていた力士達にとってはいい思い出となったようです。確か「両国ブルース」なんていう歌をつくって若い力士達に歌わせて得意になっていたそうです。このあたり、人気の秘密かもしれませんね。ずっとあとですけど、若浪が慈善相撲だか福祉相撲だかで歌を歌った時にこの「両国ブルース」を披露しました。「若い頃よく歌った」とか言ってましたけど、若浪は下の時分きっと若羽黒についていたのでしょうね。何年もたってから、こういう風に思い出してもらえるのですから、人懐こい性格だった事がわかりますね。ま、よく言えば子供がそのまま大人になったような感じもありました。こういう性格の人って、よく悪者にされてしまうんですよね。若羽黒もそんな例にもれなかったようですね。

廃業後、若羽黒は相撲協会から冷たいしうちを受けています。大鵬、柏戸、佐田の山なんていうところが関係していたピストルの不法所持の事件で、主某者みたいに扱われた事です。本当にそうだったのかはわかりませんが、既に協会を去った人に対して随分と冷たいなと思ったものでした。

その後、暫く経ってびっくりするニュースがありました。それは若羽黒が亡くなったというニュースでした。たしか岡山の料亭で働いていて急死した、というものでした。天下の元大関がたった一人で家族もなく(このころには離婚していたといいます)、故郷の横浜から離れたところで亡くなってしまったのですから、華やかな時代を知っているものにとっては何ともいえない気持ちでした。


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